問われる自分

先日、濃厚接触者容疑者となり、その時の記事はこちら。


難は免れたものの、

この時、裏では同じタイミングで

息子が手術をしていたこともあり、


起きたことへの自分の心の動きが強烈で、

自問自答を繰り返していると、

なかなか外れない

心の癖が浮かび上がってきた。



「ありがとう」と

「ごめんなさい」が

言えない人が嫌い



そりゃそうだよねと思ってくれる人は

多数いると思うけど、

そして、私自身、それが嫌いで当然だと

思っていたけれど、

見えてきたことが



私自身が、かなりこれを意識しないと

言えない人なのかも?



やっぱり人は鏡だな。





「ごめんなさい」と

言ってくれたら赦せるのにと

赦したいのに

なかなか赦せない自分がいる。



赦す自分は、

他人に作ってもらうのではなく、

自分の問題なのに



やり場のない怒りを

他人のせいにしている自分がいた。



そう、私は今回、誰よりも怒っていた。



「ごめんなさい」を言わない人に対して

また、理不尽な社会構造に対して

そして、その社会構造を支持する人に対して

違和感を感じながらも

仕方ないと簡単に屈する人にも



変わりそうで変わらない社会に対して


「もういい加減にしてくれ!」

「どれほどの人が死んだら気が済むのだ!」


と大声で叫びたい自分がいた。



あぁ、この怒っている自分を味わうために

今回のことが起きたのかも。



いろんなことが重なり、

簡単に人を赦す氣になれないことが起きたのも

きっと天から試された。



正義感を振りかざし、

人を裁き、

でもどこかで自分の都合の悪いことからは

逃げている自分のいやらしさ。



まずは、それを赦そう。



もう、十分頑張ってきたじゃないか。



正義も悪も必要だから存在し、

氣付きのために、

誰かがそれを

引き受けているにすぎないんだから。



大きな氣付きを感謝に変えて❤️



涙を流した後は、

また、前を向いてゆっくり歩いて行こう。


ココロとカラダをととのえる mahina

はじめまして、宮下桂奈です。 右半身麻痺で難病の息子に寄り添う中で知ったココロとカラダのバランスをととのえるヒモトレ、波動をととのえるグッズの数々、そして自ら考案した自然素材とヒモをコンセプトにしたハンドメイドランジェリーのことに加えて、皆さんのココロのバランスをとるのにお役立ていただける情報を日々雑感とともにお伝えしていきたいと思います。 どうぞよろしくお願いします😊

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